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渡邉

国連加盟記念日

更新日:2022年5月28日

こんにちはOne Bridge アカデミーです。

今日は12月18日です。1956年の今日、日本は国際連合に加盟し国際社会に復帰します。

というわけで12月18日は国連加盟記念日と言われているそうです。

さて、せっかくなので今日は国連について復習しましょう。

~中学生向け~

日本と国連の関わりを総復習しましょう。歴史・公民どちらでも出題されます。

まず最初に国連という言葉が出てくるのは第一次世界大戦後です。

第一次世界大戦は世界史上初の総力戦と呼ばれる大規模な戦争です。この戦争で1千万人を超える死者を出したことで世界中の国がヤバイなと思いました。そこで戦争を未然に防ぎ、国際協調を促進するための機関として1920年に国際連盟が設立されます。日本はこの国際連盟に常任理事国として参加します。

設立時の理事国はイギリス・フランス・日本・イタリアです。アメリカが入っていないことに注意です。

しかし、この国際連盟から日本は1933年に脱退します。満州国を建国したことについて非難されたためです。満州事変から満州国建国までの一連の流れを調査したのは、国連の派遣したリットン調査団という調査隊です。彼らの調査によって、満州事変が日本の自作自演的な騒動であるとバレてしまったんですね。それに反抗して日本は国際連盟から脱退するという流れです。

時が経ち世界にまた不穏な匂いがたちこめたころ、国際協調のための機関である国際連盟は結局戦争を止められませんでした。1939年から第二次世界大戦がスタートします。

日本は枢軸国側で参加し、敗戦という結果に終わります。

国際連盟は大規模な戦争を止められなかったということで、戦後その反省を生かした国際連合という組織に改められます。常任理事国はアメリカ・イギリス・フランス・中国・ソ連(今はロシア)です。敗戦後の日本はこの組織に加盟しようとしますが、簡単にはいきません。何故なら当時は冷戦真っ最中です。西側陣営である日本の加入を、東側陣営のソ連が許さないのです。そこで日本はソ連との間で、1956年日ソ共同宣言を結ぶことで国交を回復します。これによってソ連が日本の国際連合加盟を認め、日本は1956年に国際連合に加盟することができました。

さて、長くなりましたが歴史的な日本と国連の関わりはこのような感じです。

次は公民分野です。

国際連合が公民分野で問われる場合、その多くは国際連合の組織についてです。

総会:国際連合の中心。全ての加盟国が参加。一国一票。

安全保障理事会:国連のボス。強い権限を持ち、紛争解決などを図る。

国際司法裁判所:国家間のもめ事などの裁判。

事務局:国連で決定された活動計画や政策を実施。

経済社会理事会:国際的な経済、社会面の協力を促進。

信託統治理事会:活動停止中。

中でも総会と安全保障理事会は頻出です。特に安全保障理事会の常任理事国が持つ拒否権については記述で問われますので、拒否権とは何か説明できるようにしておきましょう。

それぞれの組織に下部組織があり、最低限覚えるべきものを挙げていきます。

WTO:世界貿易機関。

UNICEF:国際連合児童基金。

PKO:平和維持活動。

UNESCO:国連教育科学文化機関。

WHO:世界保健機関。

特にUNICEF、UNESCO、PKOの出題率が高いです。ざっくりですが、UNICEFは募金活動などで有名です。子供の援助活動をしています。UNESCOは世界遺産の登録が有名です。PKOは安全保障理事会の下部組織で、世界中の紛争解決や紛争地域の平和維持活動を行っています。それぞれ組織名から活動内容が大体分かりますね。

高校生の政経や倫理政経選択者向けの内容は別日にアップします。

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